Page: 2/3  << >>
滝行の深秘伝 【金色の光の体験について】
先日(12/13)の御岳山での滝行についてもう少し詳しく述べておこうと思う。その前に滝行の秘鍵を述べよう。

僕のところでは、滝行気合法を修行する前に、必ずその行場の神霊にご挨拶する。行場は、霊場であり、太古の時代から特別な場所である場合がほとんどである。だからこそ修行して効果があるのだ。単に水浴びしたりするものではないのである。だから、まずご挨拶する方法をやらなければいけない。

修行は遊び半分ではいけない。少し興味があるからとか、単に超能力が欲しいとか、そんなものではダメだ。誓願というものがなければならない。それこそ魔事が生ずる。魔事・魔境についてはいずれお話しする。

できれば、サンか柴燈護摩を行うのがよい。火の元素に触れ、さらに土地神や諸精霊・眷属を供養するのがよいのである。この方法についても現在講習をすすめている。

行の前に必ず護身法・九字法などを行じ、心身を清めて魔を払う。さらに結界などを張ると尚よい。これはすでに教授している。

入滝は密教式・神道式などあろうが、それなりの方から教わるようにするのがよい。ヘッポコな作法をやるような人からは教わらないほうがよい。

作法に従い入滝。真言お経祝詞など任意で唱える。大切なのは、念じること。そして唱えること、印である。次に、水と一つになることのみを行うこと。さらに鎮魂帰神法を少しでも行うこと。

密教のほうに「普賢行願法」というものがある。チベットのほうにも同様のものがあり、功徳を積む方法といわれている。この方法の考え方や一部を僕の滝行法では取り入れる。短い言葉でよいのだ。大切なことは長い言葉を唱えることでない。本質を理解し、できるだけシンプルにすることだ。この方法についてはいずれ述べる。

今からの時期の滝だと水温はかなり低い。体を夏から慣らしておくこと。細胞に憶えさせておくのがよい。今回の滝行では、参加者のみなさんは、13日というものを日常から意識していたという。風邪など引かないようにとか晩酌を減らすとか、体調を考えて行動していたのだ。これは潜在意識もあの滝場に向かっていることを意味している。前行・後行の大切さは、日頃から述べているのでご存知であろう。

入滝作法など一連の動作なので常の如し。水温の低さは、心身を極限状態まで追い込む。体の中では、緊急事態発生になっているのであろう。今回の滝では入滝中、一度も寒いという感覚はなかった。皆さん同様だったと思う。

はじめに皮膚の感覚がなくなる。激しく滝に打たれていると、そのうちに重力の感覚が無くなってきて、無重力のような感覚になる。いままであった体の感覚が消失する。

そうしたらすべての力を抜く。体勢を支えている部分だけ力が入るように。御岳の七代の滝だと岩に体を預けれる位置があるから、そこに腰をかけるようにする。しかし腰掛けるのは危険なところもあるやり方である。

全身の力を抜くと、体から意識というか魂が抜けたようになる。滝の上のほうにゆき自分を見下ろしているような感覚だ。僕の場合、行中に3度そのようなことがあり、手印の冷感と修行者たちの真言で我に返った。つまり脱魂的体験をしたわけだ。

変性意識において現れる金色の光輪の図
(上の図は、変性意識においてヒバロ族のシャーマンの頭のまわりに現れる金色の光輪である)

さらに金色の光の体験をした。普通は水の元素なので、白とか銀色のなかで修行する感覚になる。しかし、今回は滝行の前にサンチュ(柴燈護摩)を行った為か、金色の光が頭の中に生じた。

この金色の光は、以前に滝場で見た光と同種のものであり、松本道別翁が極秘のうちに伝えた「太乙精(たいおつせい)」といわれる玄気であると思う。これこそが「人体放射能」の正体なのであろう。

いま一つ述べると、意識の寸断が自動的に行われ、グルの境地が日常にまで存続するということだ。この経験で一番のものは、ナムカイ・ノルブ師のリトリートに行ったときに起こった。10日間のロンセルの伝授のためにベネズエラに行ったときに起こったものと同様、いやそれ以上であった。だからこそ野口晴哉先生が滝行気合を少年時に行い「天心」というものを確立できたのであろう。意識を寸断するのに、丁度よい塩梅の滝なのだ。意識を寸断されると、次にまた意識が立ち上がってくる。この瞬間に天心というもの、チベット密教でいう「リクパ」が顕れる。自然に顕れるのだ。自然にこれと一つになり、日常でも内と外と一つにする。これがゾクチェンの境地であり、野口晴哉師が体得した境地だと言えよう。

内のイン、外のインという考え方があり、これは少し難しい。講習会ではこのことも簡単にお話しよう。滝行はその意味で根本的な修行である。これを基本に、座り、飲食し、眠り、活動を行えれば、生きた悟りの境地が近くなる。

ゾクチェンでいう「テクチュー」というのを、よく「突破」と訳すが、これは間違いだと思う。木の束などを「シンテク」といい、チューは断つであるから、すべての緊張を断つことが「テクチュー」なのである。今風に言えば、心身、霊ともに完全にリラックスすることが、悟りの境地につながるということだ。その一撃を滝行気合は与えてくれるのだ。

大寒にも修行する予定です。菩提心あり敬神崇祖の明らかなる方は、お申し込みください。損にも得にもならないこと、「無功徳の功徳」を積みましょう。
| kawashima1092 | 00:00 | - | - | - | - |
年輪 【桃栗三年柿八年人生一生】 長寿の修行
チベット式柴燈護摩 サンの香炉
     (サンの香炉)
今年は瀧行を久々に再開したので、更にもう一歩突っ込んで火の元素の修行である柴燈護摩法(さいとうごまほう)もやりたいと考えている。道場内のいわゆる護摩壇でお焚き上げする法とは違い、護摩法の作法もシンプルでやりやすいものだ。

チベットにも同様の法がある。サンと呼ばれるものだ。意義はほとんど日本の柴燈護摩と同じであり、香木や香草などを焚くのである。煙に乗せて供養の物を仏天にささげるのだ。

僕の教授するのは柴燈不動護摩であり、不動明王と蔵王権現が本尊になっている。この法を教授してゆくにあたり、屋上にて出来る限り、毎日サンをやりたいと考えているのだ。或る在日チベット高僧にもご相談し、チベットのサンと柴燈護摩を合わせておこなう行法次第も完成させている。

先般の講習会では柴燈護摩法の火天壇まで伝授した。これに霊符、秘伝印法、その他さまざま教えて、実際に修行をしてゆけば、瀧行と護摩行のできる密教霊術家が続々と出てくる。たのしみである。

世間では、桃栗三年柿八年梨の馬鹿芽は十八年などという。しゃれた禅僧などは人生一生などと句をつける。護摩法の薪をつくるため、このところ木材を切っている。ヒノキの大きな切り株が手に入ったので年輪を数えると三年八年十八年どころではない、130年だ。20年や30年の太さを見てみると大したものではない。45年〜50年たつと漸く立派な太さだ。70年〜80年の太さだと大したものだ。しかし、どっしりとした感じは120年の年輪を過ぎたものでないと感じられない。

これは人間も同じなのだと思う。20歳には20歳の、30歳には30歳のあり方があろう。どんなに背伸びしても20年30年ぐらい生きただけでは底が浅いのである。まして整体や宗教などの人間の心に接する仕事では、その任に耐えうることができないであろう。通用していると勘違いしているのは本人だけだったりする。まことにお笑いである。

僕の師匠のさらに師匠は120歳の長寿を保って修行したと言われている。なぜ長生きが必要なのか?というと、なるべく境地を深める修行のためにより安定した状態でいたほうがよいからである。人間でいるということは無限の可能性があると言われている。そのために長寿の修行は密かに行われる。何かをやっているということすら口外してはいけないのだ。

だが例外的に口外するしないということの制約のない法もある。「マンダラーヴァ長寿の修行」がそれである。この修行により、人間を生存させている一種の気である「ラ」「レ」などの命息・魂・霊を守り強化することができる。ちなみに呪詛というのは、このような根源的な気を損ねるものなのである。

人生一生、これ修行である。堂々と年輪を重ねてゆきましょう!

樹齢130年 檜の切り株
  (樹齢130年の檜の切り株)
| kawashima1092 | 21:35 | - | - | - | - |
中西悟堂師 【自然運動(霊動)】 
中西悟堂氏

読者から中西悟堂師について詳しく書けというリクエストをいただいたので少し書くことにする。

中西師が「日本野鳥の会」の創立者であることは前回述べた。生い立ちや自然運動(霊動)を得たエピソードを記すことにしよう。中西師は幼少のころは虚弱体質であり、12〜13歳までもつかどうかと案じられるほどだったという。

彼を育てたは養父は、政治的仏教者であったので、弱い子は死んでもいいからということで、山寺に彼を預け、荒行をさせた。時に9〜10歳だったという。荒行というのは、108日間の座行、21日間の滝行、21日間の断食だった。

しかし、これが功を奏して健康を回復した。人間の生命力とはすごいものである。まあ、誰でもこういくとは言えないだろうが・・・。そうして中西少年は、14歳のときに自らの意志で滝行を行った。そのときに体得したのが「自然運動」だという。

その体験を記すことにしよう。
『それは1種の無意識体操で、太い滝に強く肩を打たれていると、水勢のはずみで、腕が軽くひょいと上がる。片腕だけが上がることもあれば、両腕がはね上がることもある。それがからだに微妙な波動を与える。そこでその波動をとらえて少し意識的にその波に乗ると、それが無意識的な運動の波紋をひろげて、不随意筋までぴくぴくと動く。後年私はこれに工夫を加え、滝などの力を借りずとも、座禅による精神統一からおのずから手足や胴の運動を導き出すようにし、これを「自然運動」と名づけて人にも教えた。』

自然運動の自得・工夫についてあますところなく記述されている。中西悟堂師も野口晴哉師も、14歳で自らの意志で滝の行をやっている。不思議な共通項である。僕的に言えば、日本とはそういう人材を生み出す国なんだということである。
| kawashima1092 | 11:51 | - | - | - | - |
ガルーダの不動明王秘法
ガルーダの図像
     (ガルーダの図像)
一昨日、霊動法およびチベットのチューについて述べた。
研究会のある方からメールがあり、数週間前ご家族とチューについて話をしたというのである。また、独鈷山鏑射寺(かぶらいじ)の法主であられる、中村和尚のことについて興味あることが記されていた。

中村和尚は、最近のマイブームとして、不動金縛りによる『癌封じ』をやっているというのだ。その方は、僕のところで不動金縛法(不動七縛法)を教授しているから、そんなこともできるのかという驚きの報告をしてくれたわけである。

実は僕が不動法と病気治しについて考えたのは、ちょうど19歳の時ことだった。山本さんという真言修験のほうの僧がおり、弘法大師空海作の聖天さんを奉祀しいるお寺の跡継ぎにあたる方だった。そこのお寺を僕は訪ねたわけだ。山本さんは素人の僕に、本尊の不動明王について詳しく教えてくれた。

不動明王の背後にある火炎は、カルラ炎と言い、ガルーダすなわちインドの不死鳥だと教えてくれた。先祖伝来の不動明王の前で誕生した僕にとって、常ならざる興味の対象となった。とにかく詳しく調べた。

判ったことは、不動明王のご眷属としてガルーダがいて、それは不動明王自身であり、行者自身であるということだった。ガルーダは不死鳥で毒に強く、解毒する能力があるという。故に病気治しの法の本尊に成り得るのだということだった。

ガルーダ(カルラ観)の法に通達するには、不動尊の三昧に入ることができなければならない。不動明王に入我我入(にゅうががにゅう)することができないと法が効かないのだ。中村和尚は、癌に不動金縛りをやってしまうという。

僕がチベットの密教を求めるようになったのは、このことも大きなキッカケであった。チベットには完全なガルーダの法が残存しているのだ。インド密教からの直伝が土台にあるのだ。それはそのものズバリ『癌病封じ』である。観想の中で、ガルーダを飛ばしガン細胞を『客食(かくしょく)』させるのである。修行方法の詳細は述べない。明法のアジャリに従うがよい。

だから日本の密教者が、不動法あるいは不動護摩に習熟し、そのようなことができるというのは、法の上での理屈は通るのだ。やはり護摩法を修することができるのは強い。神道のほうの護摩(忌火神事)でも、密教の護摩でもよいから是非とも火の元素の修行法は体得しておかなければならない。

そうそう、今日28日はお不動さんの縁日である。まったく不思議なことです。
| kawashima1092 | 00:00 | - | - | - | - |
霊動法を如何に修得するか?
チューのテキスト
(魔境・魔事を祓壌する悪魔祓いの秘法『チュー』のテキスト)

わが会での今後の1つ課題は、如何にして「霊動法」を指導練磨するか?
という問題がある。

その前提となる、いわば前法というか、そのようなものをやろうか?などと考えている。気が満ち、霊気が満ちると自動的に運動をはじめる。

僕は16歳当時、この霊動法を伝えている方のところへ行った。研修も受けたが、霊動は起きなかった。また、ある種の霊能開発法のテキストを手に入れて、その修法の中に精神集中法と霊動法が記されていて、興味をもったが本物の法に触れることはできなかった。さまざまあったが口寄せ以上のものではなかった。

「日本野鳥の会」の創始者であったか?中西悟堂氏は、ごく若い時に、滝に打たれていて自然に霊動が起きるようになったという。武州御岳山も愛していた方のようである。御岳神社の参道の階段に碑があったと思う。

人体放射能の体感・体得、霊動法の修得の2つが出来ないと、本物の鎮魂帰神法の体現は難しいと僕は考えている。僕の流儀では、鎮魂帰神法が神仏両方の幽真界に通ずる、土台となる法なのである。これができないと実際のところ「悟り」などいうものは屁理屈であり「絵に描いた餅」ということである。法力・霊力ということに関連しているのである。

伝授・練磨というときに、大いに信頼関係がその成果を左右する。強力な法であればあるほど、魔境・魔事がでてくる。魔事には幾つかの種類があり、これはいずれ解説する必要があろう。

魔事や霊的魔障にはチベットの法が一番である。その中でも、バン・ネンデンなどの種類はあるが「チュー」が一番である。これは「悪魔祓い」の法である。墓場などで真夜中に行うのですが、一度実際に修行しているところに同行するとよいかもしれない。
| kawashima1092 | 23:18 | - | - | - | - |
チベット密教のお守り 【ナムカについて】
ナムカ
       (川島金山謹製のナムカ)

野中操法研究会および滝行気合修練会に参加されている方から、チベットのお守りについて聞かれた。そこで今回は、家の高い清浄な場所に安置するお守りと、個人の生まれ年月日時によって作成する【ナムカ】をご覧いただこう。

ではナムカについてご紹介したいと思う。ナムカは、インディアンの作成するお守りと酷似している。効果も似ているようだ。このナムカの作り方およびマントラなどの伝授を1995年チューギャル・ナムカイ・ノルブ師より受けた。ガナ・プジャなどでナムカの修行をさんざんしてきた。水・火(お香)・マントラによってナムカを加持し、運勢や健康その他の好転を祈願するのである。

縁起の真言が入っているマントラを唱える。このナムカのマントラというか経文の中には「・・・日常、身体、能力、運命、八卦、九星、これら要素の乱れを調和してください。長寿、功徳、能力、運命、繁栄、そしてあらゆる良いことが増大しますように!・・・」と記されている。

このナムカの教えの発生は、夢のテルトン(夢で埋蔵教を受け取る聖者)であるマハーシッダ、ナムカイノルブ師によって開示されたのである。或る時、プウェルというボン教の神が夢に現れ、師にさまざまな教えを与え、伝授したのである。それによって個人を構成する要素を調和させる方法を発見した。プウェルという神は、占星術を通じて未来を予測する力があることで知られる神であるという。

このナムカは実は、個人だけでなく会社や団体などのものも作成できる。要するに設立日時が分かっていればよいのである。五大元素といい、それは地・水・火・風・空であり、さらに五色で表現するのが密教だが、現実に個人の運命転換に、五色の紐を用いて写真のような飾りを作成し祈願するというのは、日本には見当たらない。元素・エネルギーを用いた修行や祈願は、チベット密教の独壇場だ。とても日本の密教は及ばない。

いまから6年前の2003年に僕はナムカの夢を見た。ナムカがエネルギーや運命に直接関わっているもので、インディアンの或る部族では、同じような動く形のナムカが存在するという内容だった。その夢を見てから法友のTさんに頼んでナムカ作成会を開催した。それが僕のナムカ修行の事始めである。そして後に手に入れたのだが、インディアンのナムカは本当に動く形のものであった。

いくつかの注意点はあるが、ここでは説かない。熱心な方の探求を望む次第である。諒とせられよ。

イタリア・メリガルでの伝授の模様
    (イタリア・メリガルでの伝授の模様)
| kawashima1092 | 11:34 | - | - | - | - |
神傳極秘録 【憑依霊の潜入せる秘解図】
憑依霊潜入秘図
  【憑依霊の潜入せる秘解図】

ご覧戴こう。邪霊・悪霊の潜入部位というものがあり、それを神伝により図解した秘録がある。邪霊とは邪気でもある。或る土地などに地縛した存在もあるが、個人には身体の或る部位から邪気が潜入するのである。

邪霊の発現法には様々な法がある。霊学に於いては、帰神法によって見極める。邪霊ならば霊縛法で縛る。帰神転霊の達人であった故佐藤卿彦大人は縄を投げる仕草で霊縛を行ったという。

仏仙系の法の場合は、壌魔避災結印呪法というものを行う。これは不動七縛印法を含めた正伝の秘法である。であるから、滝行気合法に於いて不動七縛印を結んで練磨するのである。いずれ正しい結印法をお伝えしたいと思う。

以前、僕は憑依霊の潜入する部位は整体操法や野中操法の急処と一致すると述べた。野中操法の伝承者であった故吉田先生は、野中操法の急処である健康線は、体に於ける経絡の外部との接触部位なのだと言われている。僕も確かにそうだと思う。

人相の秘伝に「お人形」があるが、これもって観ると人体のどちらに偏りがあるか容易にわかる。野中操法に於いては左右をどう取るかこれが一番大切なことだ。また靴の底の減り具合を観ることも時に必要だ。左右のどちらが急処かわかったら整圧しながら確かめる。指が健康線の一点に到達すると独特の感覚がある。それを抜圧(ぬきあつ)するわけだが、ここに一つの問題がある。

邪気という要素である。操法の整圧を舐めてはいけない。今後は体固めの印法等々お伝えし、身を護りながら邪気を受けないように整体の施術をする。僕は生活法としての嗜みの整体法よりも、治療・療術としての整体法を志向する。その為に霊的なことにまで言及する。実践の場に於いては霊的障害というものがあるからである。
| kawashima1092 | 00:17 | - | - | - | - |
霊夢:仏塔からの霊水 【チベットの大阿闍梨:奇跡のテンデル】
カトク・リンポチェ テンデルの映像
    (奇跡のテンデルの映像)

皆さんは【テンデル】というのをご存知か?
聞いたことがないという方がほとんどだと思う。テンデルは以前に紹介したテルマに似ている。テルマとは埋蔵経であり、その埋蔵経の出現に似ているのである。テルマはカマというものを補う形で出現する。カマとは伝承の意味であり、根本の経典だ。カマに記されている教えや法が効かなくなってくる。このことは法脈上の修行者がサマヤ戒を犯すことで発生する。そのような時に、法脈・血脈を浄化し蘇らせる、それがテルマである。

チベットの密教はそのように伝わってきた。だから今でも教えが生き生きと存続しているのである。テルマを発掘する聖者をテルトンと言い、古い昔から予言されてきた。

テンデルは見るだけで解脱の因を生ずるものだ。仏の教えと因が生じる大変「縁起」の良いものだ。能力の有る人ならこの象徴から教えを受けることも出来るだろう。因果経に「内に因あれば、外にこれを助ける縁あり」と説いている。助縁という。大切なのは因である。密教では「依報浄らかざれば法験得難し」という。環境も含めた縁起が法の成就の成否をもたらすのである。

写真をご覧頂こう。これはカトク・リンポチェのお姿である。何の変哲もない写真のようだが少し違う。リンポチェの手前、向かって右側に『透明状のトルマ(霊物)』が出現している。これが一種のテンデルなのである。

実はこの写真を10日ほど前にずっと眺めていた。前から所持しているが急に気になりはじめたのだ。その日の翌朝、霊夢を見た。大きさは120cm〜130cmほどの銀色の金属で出来た仏舎利塔(カスケットという)を解体している内容だ。実際にカスケットは南方仏教では釈迦のご遺骨を入れる容器なのであり、丁度真ん中あたりに舎利を置くようになっているものもある。解体もできるのだ。僕は夢の中で、舎利を置くようになっている蓮華の部分を見ていた。すると中から霊水が出てきて頭にかかった。そんなストーリーだ。

その日以来、滝行における状態が変化した。また『七宝が家に満つる』という滝行の方法を実践する時が来たと感じた。このように人の因により教えは伝達される。密教というものはそういうものだ。

本をひっくり返してもネットで検索しても本当の秘伝は分からないのだ。法は人に拠るのである。生きている人によって、そして口伝や以心伝心によって法は脈々と生きているのである。

11月8日の滝行修練会では『七寶満つる滝行真言法』をお教えします。密教は悟りを得るということだけでなく、世間的な功徳もある。不況の中、このような手法を使って荒波を悠々と渡って頂きたいと念ずるものである。
| kawashima1092 | 00:00 | - | - | - | - |
秘仏:葉衣仏母 【インフルエンザ等に効験ある尊格】 葉衣鎮宅法
葉衣観音・葉衣仏母
    (葉衣観音・葉衣仏母の図像)

新型インフルエンザも流行しそうなので、以前にお約束した本尊のことを記そうと思う。疫病などに効果のある仏は、葉衣観音である。

葉衣観音(ようえかんのん)または葉衣仏母(ぶつぼ)という。パラーシャ樹の葉をまとうシャバラ族の女性という意味を持つ仏である。シャバラ族というのは中央インド・デカン高原やその他の山間森林部に移住した種族のことである。恐れられていた部族であったことから、憤怒の尊として信仰されるようになったらしい。日本などでは被葉衣観音とも呼ばれ柔和相になった。三十三観音の一尊であり、住居から悪魔を祓い守護するという。また疫病などに効験を顕わし守護結界を張る。ベンガル地方からチベットで信仰されたという。
根本の種字・心真言は以下の通り。

(種字)ハラ
ハラ字

(ご真言)心真言
おん はらな しゃばり うんはった(日本版)
※胎蔵界曼荼羅観音院に座す

僕はこの尊の灌頂をカトク・リンポチェより受けた。
秘伝のマントラは『オン マナブカツ ○○○カワル サルワウタ ダルマダー パンマ ソワーハー』である。しかし、日本版の真言で充分である。

鎮宅法には不動明王の鎮宅法、文殊菩薩の鎮宅、葉衣仏母の鎮宅法がある。

その他、詳しいことは僕をつかまえて聞いてください。
| kawashima1092 | 00:42 | - | - | - | - |
映像:准胝尊御真言 【大清浄なる観音様】 滝行法


准胝(じゅんてい)のことを准胝観音あるいは准胝仏母(ぶつぼ)という。
准胝とは、梵語のじゅんてい・ちゃんでい・そんでい等の音写で、意味としては清浄という意味になる。であるから、日本語にするとき僕は「大清浄観音」ということにしている。

真言密教では准胝観音といい、有名なのは京都の醍醐寺に奉祀されているのが有名である。開基の大徳である理源大師聖宝(りげんだいししょうぼう)が、醍醐に奉り、准胝観音の功力によって、醍醐天皇・村上天皇を誕生させたことは夙に有名である。天台密教では、准胝仏母としている。どちらも正しく、働きの違いにより、そのように分類している。この仏の手の数は最大で18手、最小で6手である。

真言は、おん しゃれい しゅれい じゅんてい そわか
あるいは、おん しゃれい それい そんでい そわか

教えていただいた伝授の通りでよい。

チベットの密教の大学匠;アバヤカラグプタは、ヨーガタントラの五十尊の成就法(密教の修行テキスト)を残したが、その中の准胝観音は、6手のホトケである。やはり功能は、悪業(カルマ)を清浄にするというものである。

実は、このホトケの変化身は、烏枢沙摩(うすさま)明王であり、寺院などでトイレの入り口に奉られているものだ。転じて、お年寄りの下に功徳があるということで、下封じなどとも言われる。本体は不動明王だともいう。もとの御身は准胝観音であり、共に清浄を与えるのである。とこの辺までは大抵の密教家が言及するところだ。

しかし、僕は奥義を平気で口にする。烏枢沙摩明王の修行法の説かれた儀軌があるのだが、それこそが人間の世界でまとめられたものではない代物なのだ。僕はこれを求めておよそ20年は捜し求めたものだ。ここに悪業清浄の秘伝があるのである。

烏枢沙摩明王は准胝と共にチベットでも中国でも日本でも功徳の高い特殊な観音様、明王である。

大秘伝の真言は「大円満神通陀羅尼」というとても効果の高い御真言である。正確な印と真言を知る者は、ほとんどいない。この法に付嘱している秘密の護符の用法を知る者は、更にいない。

醍醐寺の准胝観音念誦法次第
(准胝観音念誦次第)
| kawashima1092 | 00:00 | - | - | - | - |

Calendar

      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< September 2018 >>

Profile

Recommend

Recommend

Recommend

Recommend

Recommend

Recommend

Search

Entry

Archives

Category

Link

Feed

Others

無料ブログ作成サービス JUGEM

Mobile

qrcode