Page: 2/2  << 
若き日の野口晴哉師の行場にゆく
昨日と今日の連日、滝行をやった。
二ヶ所で、お滝をいただいた。その二ヶ所は、全然おもむきの違う行場であり、今日入滝した行場は、歴史も古く、かつて野口晴哉先生が修業した場所でもある。

整体操法を奉ずる方々は大抵、武州御岳山の「綾広の滝」を野口晴哉先生の修業した滝場であるという。先生の令夫人である野口昭子さんが、著書でそのように書いているから、そういうことになるのだと思う。しかし乍ら野口晴哉先生が御岳山で滝行をやったのは、御岳山七代の滝だと僕は考えている。根拠は、師匠の松本道別翁がそこで鎮魂帰神法の指導・伝授をしていたからである。

今日の滝場は、実にすばらしいお滝であった。行者仲間の方々と行ったのである。野口晴哉先生が若い頃に修業したその滝に行くことができたのも、まったくの偶然であった。昨日、お滝を受けたときに、件の滝について聞いてみた。明日、仲間と行くので一緒に来ますか、ということになった。僕としては、いずれそこで滝行をしようと考えていたので、これは渡りに船だ、ということで同行をお願いした。偶然というのは実に凄いものだと思う。(偶然なのかな?)

昨日と今日、滝を受けたが場所の違いなのか、受けた後の感覚が違う。滝の質というか、体の中に残る「振動」が違うのである。だが、共通しているのは滝行のあとの愉気法というのは抜群の感応力があるということだ。浸透性が違うのだ。これは自然にそうなるようだ。従って野口晴哉先生が滝行をしていたのかどうかという疑問があったのだが、間違いなくお滝をやられていた、という結論を得た。それは僕の行者としての率直な感想である。

その昔、僕は随分お滝をやった。5年間ほど秋から翌年の春までやった。しかし、この十数年間、この種の荒行はやらなかった。別の知識や法・術を探求していたのだ。だが、ここにきて再び滝行のような修業をはじめた。遠回りしたお陰で、再び開始した滝行は、様々なものを取り入れたところの修行法になったと思う。僕なりに完成度が高くなったと考えている。

ごく若い時分のようではなく、繊細に観察することができる。整体操法をやっているお陰で、気の感覚というものが、はっきりと判る。霊術のなかにも野口整体にも、深息法・気合法というものがある。気の密度を高める優れた方法である。だが、その上にもう一つ法があったのである。それが滝行である。

一言だけ云うと、滝の水は地下の霊気というものを宿している。流れ落ちくる滝の水を受けるのは、禊ぎ(みそぎ)であると同時に「霊灌ぎ(みそそぎ)」でもある。滝行をするというのは、水を通して自然の霊気と一体になることでもあるのだ。

しかし僕も随分と悠長な人間だ。自分でもつくづく呆れる。でも気がついたから、まあ善しとするか。これで「幻の整体操法」の基礎には、滝行という課程も導入されることになった。野中操法を同志としてやって行きたいという方も、滝行をやるかやらないかということを、ひとつの判断にしようかと思っているくらいである。
| kawashima1092 | 19:34 | - | - | - | - |
締め切りました 【滝行の修練会:6月7日(日)】気合法実践 
※この募集は締め切りました。

今回の募集は、滝行(たきぎょう)の修練の参加者募集だ。
日程は6月7日(日)。場所は、武州御岳山:七代の滝の予定)。5月中に実施したかったが、時間が取れず6月になってしまった。

僕もいい年なので、そんなには荒行は出来ないから、今のうちにお伝えしておく必要がある。ちなみに『滝行(たきぎょう)』と『焚き行(たきぎょう)』は両輪のようなものであり、『焚き行』とは『護摩の法』のことである。ここでいう護摩の法は、柴燈護摩法という山の中で焚く行法で、これはもう少し先に伝授しようと思う。僕はこの法を大峰山修験道の大先達から受けている。

滝においてを修練する必要性はいくつかの理由がある。参考までに云っておくと、四我から生ずる「魔境」の対峙。次に、音響法の体得。密教の技法である「入我我入の法」の体得。鎮魂状態へ導く。「水の精」を集める三昧力の体得。潜在意識の浄化。気合法修練。等など、まだいくつもある。

今回の修練会では、入滝の作法(滝の入り方)の講習という意味合いが強い。般若心経くらいは諳んじておいてもらわないと困る。九字の玄義もお伝えする。気合の体得には良いから励みになると思う。もっともこれは前段であって、今年の晩秋には、本当の荒行をやりたいと思っている。心身を変えるきっかけをつくるのである。

しかし何といっても「気合法」だ。野口晴哉先生は、よくぞこの法の『型』を残しておいてくれたものだ。これがすべての基本になる。もちろん深息法はもっと基本だ(この深息法は松本道別翁の直弟子の方から習ったものです)。

しかし、皆さん安心していただきたい。これをやって高い伝法伝授料を稼ぐなどという気持ちは僕にはありません。野中操法にしても霊法伝授にしても、誠をもって世のため人の為になろうという志しがあれば、それで結構です。自分の心に違背することがなければ、それだけでよろしいです。人間、自分は欺けないし、因果を眩ますことは出来ないからです。

己を厳しく修練し、鍛え上げて、愉気をし、操法をする。これで生きてゆけて感謝される。皆さん、これ最高だと思いませんか。僕はいまこの道にあることを幸せに思う。この幸せを多くの人にも味わっていただきたいのだ。

最後に1つおことわりを。僕は禁欲修行派の人間ではありません。夜になるとその辺の焼き鳥屋さんで一杯やっているようなオヤジです。本気で滝をやりたい方はご連絡を。参加者の募集定員は、せいぜい5〜7名程度です。まあ、誰からの連絡が無くても一人でやるので、僕としては変わりないことですが・・・。
| kawashima1092 | 01:40 | - | - | - | - |

Calendar

 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< January 2018 >>

Profile

Recommend

Recommend

Recommend

Recommend

Recommend

Recommend

Search

Entry

Archives

Category

Link

Feed

Others

無料ブログ作成サービス JUGEM

Mobile

qrcode