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お茶の氣を感じる!【柳澤先生 整体・体癖講座(第5回)】
一昨日、整体・体癖講座(第5回)が行われました。10:00〜12:00、14:00〜16:00で、講師:柳澤嘉洋先生(身体気法会主宰)によって、 講座がすすめられた。

いつもユニークな講座内容で、皆さん楽しくやっています。
整体、特に野口整体系では、その技術の根底には必ず「愉氣」があります。眼に見えない「氣」というものが介在するわけです。

気功法などの氣法とは、少し違うし、霊気・レイキなどのものとも少し違う。大切なのは、氣よりもむしろ「生命」「いのち」の十全さを自覚することだ。自分も他人も関係なく、生きているという力を健全に発揮する、これが整体の根本だ。したがって、エネルギーを補充するとか、相手に与えるという考え方は、整体の「愉氣」において正鵠を得ていないのだ。

あくまでも「感応」。お互いの「氣」の交流で感応する。その中で、自然良能を発揮せしむる。
技術的には、氣を感じるということが第一で、微弱なものに対する感性が必要だ。僕などは、こういうのは苦手だ。あまりにも元気なので、人にエネルギーを与えたくなってしまう。

お茶を入れて、まず気を感じる。気の広がりのようなものを感じる。その広がりに乗って気の拡散みたなものを体感するのだ。気の働きというものは、常に拡散方向、集中方向がある。拡散し切ると、集注に転じる。だから、お茶を使っての実習のときも、拡散・集中を追いかけることが、ミソになるわけである。

人間の場合にも、同じことが言える。気というものには、波があり、要するに拡散ないし鬱散、逆に集中・圧縮があるわけである。体・心がこの影響を受けるのは当然のことだ。

事物にも、拡散・集中の方向性がある。お茶などは香りもするし湯気も立つわけだから、何となく感じやすい。今回の実習で、僕の横にS先生がおられた。この先生は、霊的な能力まで持っているといってよい方なので、感応が早い。横でやっていて、僕の方が焦ってしまった。はじめは何にも感じないからだ。しかし、雑念を離れると、確かに気のようなものを感じる。だから、素直にその動きに乗ってみた。手は広がってゆき、或るところまでくると、今度はどんどんお茶碗に近づいてゆく。最後に丹田に集中して、お茶を飲んでみる。お茶の味が違うのである!

日本古来の茶道というものは、このような「気の原理」によって成り立っているのかもしれない。作法・所作・型、さらに掛け軸、お華等。さらに決まり。亭主の心遣い、すべて一体となって、「わび・さび」の境地、気というものを表現するかもしれない。茶道も「氣法」というものの一つなのだと思う。

さらに実習は続く。今度は「茶筒」を使ったところの体感である。これは「体癖」の講座だと言ってよい。描写が難しいので、割愛するが、茶筒の蓋を取る所作に焦点を合わせて、腰椎への集中、変化を体感・観察するものである。2人1組で行った。

「穴追い操法」の実践。これは、僕がリクエストしたものだ。頭の愉氣法というものは、効果もあるので高等なものだとされている。ただ、穴おいの場合は、的確な時期に行うことがポイントで、そこを見極めることが肝心だ。僕は、穴追い操法は好きで、やるのも得意であり、指などに抜けていったときのあの感覚がたまらない。頭というものには、こんなに溝があるのかというくらい、はっきりとしている。

いくつかの質疑応答あり。

「活元動法」の実演を柳澤先生がやられた。「活元運動」と共に、次回の合宿では、「氣」をテーマとした、合同訓練を致したいと考えている。いま構想中である。

気には種類があり、捉え方にも、活用に仕方にも色々とある。これが正しいと断定はできないと考える。ただ、音と気は密接な関係があるということだけは分かる。密教・タントラなどでは、真言マントラを使うが、呼吸・音・氣(プラーナ、ルン)は、すべて「口密(くみつ)」に属し、体と心をつなぐものが、口密にあることを諸兄は知っておくべきであると思う。

次回、第6回は、11月7日(日)に開催される。
| kawashima1092 | 01:12 | - | - | - | - |

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