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野口晴哉著 【大弦小弦】 七夕祭
七夕

僕は以前に冬至について述べたことがある。今日は七夕について述べたいと思う。毎年7月7日には七夕を行う。七夕の願掛けをやるのだ。野口晴哉先生は七夕祭というものを毎年やっておられた。心の力というものを再認識する縁(よすが)として七夕祭をやったわけである。

野口晴哉流の七夕願掛け法は、その著書『大弦小弦』に詳しく解説してある。この方法は、聖書のマルコの福音書などに、その原型がある。「いちじくの木を呪う」という節があり、キリストの話した内容と野口晴哉師が述べたことは通底している。興味のある方は研究してみてください。

以下、野口晴哉著『大弦小弦』より引用する。

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人間の願い −七夕祭にて−

ここの七夕では、毎年、集まった人達が願いごとを短冊に書くことになっています。書くと来年の今頃までにみんな叶うのです。叶わなかったという人はほとんどいない。それには願いを込めて口に出して言うこと、書いたことを人に言わないこと。自分も忘れてしまうこと。書いたことをいつまでも憶えているような心掛けでは駄目なのです。書いて自分の心にあることを全部空っぽにしてしまう、そうすると願いごとが叶う。・・・・

・・・・今日、皆さんが書かれた短冊を見ますと、願いごとの記し方についてはだいぶ理解されているようです。皆「こうなる、こうである」というような願いで、「こうなるように」というように書いている人は少なくなりました。
けれども、「どこの誰と結婚する」などという願いごとは駄目で、「わたしに最も適した人と結婚する」という願いなら、その通りになっていく。やはりそういう具体的な細々としたことは、宇宙意志とでもいうべきものに任せておく、一番最初の気持、それを端的に表現できれば、願いごとは叶っていくのです。・・・・

・・・・願いごとは言葉を口にだして、それからそれを紙に書いておけばよいのです。言葉を紙に書いただけでは、七夕まで届きません。一生懸命心を込めて、気を集めて言うとそうなるのです。人間が気を一つに集めて心を凝らすということは、決して無能無力ではないのです。実際に、注意を集めて願いを込めれば、どんな願いも叶うのです。・・・・
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気を込めて言葉を吐き、気を込めて書き、忘れてしまうこと。
秘訣は簡単なことだ。

毎年、僕は七夕の祈りをやっている。この七夕願掛けで、いくつもの奇跡的な体験をしている。気を込めて、皆さん実行していただきたい。

明日の七夕には、七夕操法会を行う。あわせて「瀧行気合法の会 発足式」も行う。参加者の皆さんで、大きな願いを掛けて、個人の欲求の充足、世の中が少しでも良くなるよう、研鑽したいと思う。
| kawashima1092 | 20:12 | - | - | - | - |

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