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天源淘宮術 【自性内観】 淘宮静座法
以前に、淘宮静座法について書くとお約束したので、書いておこうと思う。天源淘宮術というのは、一種の修養法である。十二支というものがあるが、これらには独特の性質がある。人間は生まれる前から、ある気質というものを享けて母体に宿る。性質は、良くも悪くも出てしまう。例えば、滋宮というものがある。これは所謂、ネズミ(子)の気である。特徴は、吝嗇である。この性質が、良く出ると節約になり、悪く出るとケチん坊になるのだ。

だからこの十二支が良いとか悪いとかはないのである。
どのような心と結びつくかが、大切なことなのである。世のため人の為に善用すれば、どのような十二宮(十二支)でも、その特性にそった真価を発揮するのである。

研究会の同志の方から、あるお方が僕のことを何やら云っているかに聞いた。
僕はそのようなことには興味がない。まあ、いい宣伝をしてくれたぐらいに考えています。自分のことばかり掲示板でPRし、まるで自分だけが大家のようにいう人間はつまらない者だからだ。そういうのは相手にしなくてよいのです。以前にも云いましたが、僕は天を相手とし、同志の志を相手にする。それだけのことです。何を勘違いしているのか知りませんが、聞きたいことがあるのなら、直接電話でも何でもしてくればよい。(いまだに電話連絡のようなものは何一つありません・・・)

僕はつまらない術中に嵌まるほど愚かではないし、本を執筆中なので、そのような暇はない。馬鹿げた不毛の論議にお付き合いするのはご免だ。野中操法・健康腺療法に関する本は、今後五冊は書く予定であり、まちがいなく一冊は今年中に出る。

要は人間、腹が大切なのである。まさしく野中操法は腹部操法である。
整体操法においても腹の操法が締めくくりとなる。段位試験でも腹部の見方が出るそうだ。野中豪策先生というけれども、野中操法だけが腹部操法ではない。整体操法そのものの中にもあるわけです。

さて、淘宮術にも腹をつくる呼吸法「淘宮静座法」が伝えられている。
以下の通りだ。
(1)姿勢を正して端座し、股間をやや開き左右の親指を交互に重ね、両手を軽く膝の上に置き、左の掌の上に右の掌を重ね、左右の親指を立て其の尖端を軽く接触せしむ。静かに腹式呼吸を為し、臍下をやや前方へ張るべき状を作し、鼻の先と臍とを一直線に保つべし。
(2)姿勢を整うと同時に第一眉間を開き晴れやかなる気分にて静かに眼を開く、第二に胸を開きて呼吸の出入を好くし、第三に腹部を開大して寛容の観を作し臍下に気息を充実して一心不動を感じ腹力を絶やさざること、之を三開一充と言ふ。
(3)臍下に呼吸を調ふには、先づ口を閉じ舌を上顎に軽く着け、鼻より静かに出して呼吸の平生を保ち天気の出入を観ぶ(よろこぶ)事。

生きておれば、いろいろなことがある。生きているだけでありがたく、生きていることは奇蹟とでも言うより他ないことだと思う。人間みんな自分を認めて欲しいものだ。野口晴哉先生は「生まれた時のオギャーという声は、我アリということだ」と言われた。声を発し、子供がイタズラするのも、大人が批判するのも、細君が文句を言うも、みんな「我ここにあり」だ。できることなら、小さい我にならず、大きな我(大我)になろう。それは深い息をなしている者、腹をつくった者だけに体現できるものなのだと思う。
| kawashima1092 | 23:28 | - | - | - | - |

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