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野口晴哉述【潜在意識教育】(2) =漠たる一点(2)=
以下に野口晴哉述【潜在意識教育】「漠たる一点」の原文を示そう。

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    漠たる一点

人間を動かすものは意識そのものではなく、意識の下にある潜在心である。精神指導において特に重要な問題は、この潜在心の分解調整のため、固応又感情を検討することである。
固応とは固定観念が応化し自己化しているもので、先入主的偏見の出発点である。その中においても自分という固応の訂正はもっとも難しい。潜迫感情中、恨み、憎しみ、嫉妬は大きなものであるが、大きいだけ見出し易いが、不快という簡単な、一瞬に流れ去ったはずのものが占むる場所は頗る大きいのに、存在は極めて小なるため判別困難なことが多い。ところが実際に心身に残る異変は、この不快によって方向づけられている場合が一番多い。
(つづく)
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整体操法における『潜在意識教育』の真髄の話に踏み込んでいる。日々、治療をしていて感じるのは、この「不快」をもとにした固応が患者の病状に大きく関与しているということだ。野口晴哉先生は、声なき声を聞くことができた方だったのであろう。背骨の側の第一側といわれる処に触れて、その人の声を聞くことができたのであろう。そういうことは、天武の才能と深い愛がなければできないと僕は思う。だから我々は、深い愛や慈悲というものを真に体現できるように、一生修行しなければならないのだ。30歳や40歳ぐらいで真の愛など持てるわけがない。野口先生の幼少期や少年期をみよ。大変な苦労をしている。あれだけ過敏であったがゆえに、どれほど傷ついたか。傷ついた分だけ、人の痛みがわかるのだ。声なき声を聞き、理解してあげることができる。このことは操法家以前の問題として大切なことである。

では、野口先生のような天才でない我々はどうすればいいのか?
先の通り、真の愛、慈悲を体現できるように、すべての枠を取り払って一生励めばいいのだ。このようなことは、ブログの記事ではなく、直接会ってお話してゆきたいものだ。
次に、体系の急所を学ぶことだ。
「整体操法」「潜在意識教育」どんなものでも急所があるから、それを学び、現場があれば現場で、家庭なら家庭で、実践しながら練りこんでゆくことだ。僕などは「不快」などの固応を一瞬で見分けることなどできない。しかし、時間的経過の中で、患者が自ら教えてくれるようになる。手で触れるということ、気を通すということは、不快を発現させる道具としてなくてはならないものだと感じている。このへんのことは今後も研究を続けて、研究会の皆さんと共に深めてゆきたいと思う。

体調、病気、こころ、寿命、これらの問題に関して「不快」というものと「打撲」というものは、とても深く関連している。整体操法なり野中操法はこのことに関してどのような対応、答えをもっているのか。整体操法のみならず、手技療法の究極の問題あると、僕は考えている。

次回「不快」についての解説を、引き続き野口先生にしていただくことにしよう。
| kawashima1092 | 11:54 | - | - | - | - |

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