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野口晴哉著【健康の自然法を読む】(3) =触手療法の反応=
今日取り上げるのは、野口晴哉著【健康の自然法】(全生発行)の中から触手療法についての記述部分である。ご承知だろうが、触手療法とは愉気法のことである。愉気法(=触手療法)の重要性について、野口晴哉著『整体法の基礎』(全生社;P123)で次のように述べている。「・・・それは、高等技術を学んだ人でも、愉気する人にはかなわないからです。愉気する手は、注意を集めると、何処に硬結があるかがすぐに判るのです。愉気の出来ない人は絶対に駄目なのです。」

愉気(=触手療法)を日々の治療・指導に取り入れていると、野口先生の言われていることを実感する。効き方が全然違うのである。弛緩・過敏・排泄という経過が見事に現れる。愉気をするには、脊椎行気法・合掌行気法・深息法・気合法などに習熟しておくと更によい。愉気をするには、整体操法の指導者から「誘導」を受けるのがよい。野口晴哉に連なる気の誘導があるのとないのでは、愉気の質に違いがあるように思う。これは僕の偏見かもしれないが・・・。一度は整体協会なりで習ったほうが良いように思う。独習は我流になりやすいので注意が必要だ。

【健康の自然法】P44からの引用である。「触手療法の反応」という節である。
「触手療法を行なうと、相手の体に反応がおこる。弛緩・過敏・排泄の三つの変化である。たとえば歯の痛い時、触手療法を行なうと、先ず痛みが靖まる。止まったというのではなく静かになる。弛緩現象である。手の感じはまだある筈で、止まったという相手の言葉を信じて手を放すと、又しばらくすると痛み出す。相手の言葉より手の感じで動作すべきである。そのまま当てていると痛み出す。過敏現象である。そのうちつばが多く出て来、腫れがひいて来る。つばが口から溢れるように出だすと、排泄現象である。手の感じはなくなった筈だ。放す。終り−。
風邪なら汗又尿、胃の痛みなら下痢又は嘔吐、排泄現象はその体の状況に応じてさまざまであるが、どの場合も弛緩・過敏・排泄の行程がある。手の感じは排泄が終る迄ある。終って少し休んでいると、相手の体が変って来ることが相手にもこちらにも判る。
触手療法を行なったあとは冷やさぬこと、余分に動かさぬこと、しかし休み過ぎぬこと、温め過ぎぬこと、ユッタリした気持を保つことが大切だ。之は行われた人に対する注意で、行なった人は放念し、触手療法をしたなどということを忘れてしまうこと。之だけだ。」

以前に、愉気は気合としてある、ということを述べたが、実際限られた時間の中で行なうには、気合に習熟していないと難しい。専門家・プロとして触手療法(愉気)を行うには、呼吸法・気合に精通する必要がある。一度は野口晴哉が修業した、あの武州御岳山(ぶしゅうみたけさん)のお滝場で『御岳山気合修練会』を行いたいと思う。できれば冬場の大雪が降った後なんかがよい。大雪の後で御岳山〜大岳山に登山したことがあるが、登山者は誰一人もなく僕だけであった。雪を掻き分けて歩いたことをよく憶えている。滝場の前で一座の修行をしたが、とても清々しかったことを記憶している。

『御岳山気合修練会』では、気合だけでなく、その他のことも鍛錬したい。いま整体操法の先生とも相談しているが、竪琴かギターなど使用して弦を鳴らす実験をやることも企画している。野口晴哉が気合で竪琴を鳴らしたということを証明したいと考えている。興味のある方は、ご連絡ください。
| kawashima1092 | 00:00 | - | - | - | - |

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