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岡島瑞徳先生からのギフト(1) =「禁点の硬結」の玄義=
11月16日(日)の岡島瑞徳先生を「偲ぶ会」に行ってきたことは前の記事で述べた。僕は、先駆者としての岡島先生に感謝し、幻の整体操法を生涯にわたり追求・啓蒙することをご霊前に誓った。岡島先生の目指した「創体法」の全容はわからない。しかし、創体法の説明文を読み、今の時代というものをつき合わせて考察すると頷くところがある。細かい技法は理解できずとも、進むべき方向性はわかるものだ。

前にも述べたが、その人の死期は目に現れる、著しく生命力が無くなっているのがわかる。しかしながら、それがいつ訪れるのかはわからない。一週間後のこともあるし、数ヶ月後のこともある。整体操法の教えには「禁点の硬結の出現」というものがある。禁点といわれる部位に例の硬結が現れると「人は4日後に死ぬ」というのだ。野口晴哉は少年時代にこのことを発見したという。お腹を丹念に調べてこのような不思議な真理に到達したというのである。死ぬ者はどうやっても死に、生きる者は生きるのである。どんな治療術も、生きるという力がなければ功を奏さない。当たり前のことだ。敏感な手指によって生死を見分けた野口晴哉という人に僕は心から敬意を表する。問題は我々がその後を辿ることができるかということだ。

僕は整体操法を奉ずる者として、「禁点の硬結」を明確に感得することができなければ、一人前ではないと考えている。少なくとも自分に対してはそうだ。禁点の硬結を偶発的に看たこともあるが、長期にわたる観察の中で看るということはこれまで無かった。昨日、ある患者のお宅に伺った。この方のところには週3回はゆく。終末期の医療であり、ここ1ヶ月がヤマだと考えられていた。実は先週から、禁点(鳩尾)と呼ばれる部位の周辺が少しずつ硬くなり始めていた。こういう詳しいことは聞いたことが無い。しかし事実、周辺から硬さが出てきていた。少年野口晴哉が禁点の変化を知ることができたのも頷ける。鳩尾の硬結はいきなり出現するのではないのである。そして昨日、禁点の硬結が出現した。ご家族に見守られる中で僕はそれを触れることが出来た。その方とご家族との信頼関係が土台にあって、生命の尊厳に感応することができたのである。命というものに対して心から尊敬の念のないものには、禁点の硬結を感得することはないのだろう。儲けだとか名誉などに気をとられている者に、生命の尊厳に触れることは出来ないと僕は思う。

では禁点とは如何なる処なのだろう。いくつかの説がある。それは剣状突起の先端だとか、剣状突起の裏だとか色々といわれている。だから僕はそれらの処を丹念に看た。そして今回のことで正確な位置を知ることができた。それは剣状突起のニ横指下である。ここに小豆大の硬結が出現する。禁点の硬結を確認できたのは岡島先生のお蔭だ。「新・整体入門」という本の中で岡島先生は禁点の処を正確に述べていて下さったからである。

この出来事は岡島先生からのギフトだと思っている。16日に経堂の道場へ行ったことが、こういう奇しき縁に繋がったのだと感じている。先方のご家族は、その方が緊急入院することになり、僕に電話したが上手くつながらなかった。だから救急車で搬送される直前に、僕は禁点に触れることができたのである。少しでもタイミングがずれていたら、この機会はなかった。

そして同じ日に、更なるギフトがあった。岡島先生を操法において身近に感じざるを得ないことが起きたのであった。・・・(つづく)
| kawashima1092 | 01:14 | - | - | - | - |

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