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=創体法= 現代整体界の雄 岡島瑞徳先生の目指したもの
岡島瑞徳先生は、最晩年に「創体法」というものを提唱されていたという。お弟子の方々が今後どのようにそれを継承し表現されてゆくのか、活躍を楽しみにしている。CS研究会は、平成20年11月16日(日)をもって一旦閉会するという。残念ではあるが、果たした役割は大きかったと思う。岡島先生には本当にお疲れ様でしたと言いたい。岡島先生が目指した「創体法」というものがなんであるのか門外漢の僕にはよくわからない。しかし整体操法を志す一人として、岡島先生の言わんとしていたことを少しでも理解したい。そう考えている人間は僕以外にもいるであろうから、以下に岡島先生のご説明を載せることにした。みなさん読んでみてください。

「創体法は一言で申せば、「参加型の整体」ということになると思います。心や体の癖や歪みが集中的にあらわれているからだの部位つまり「その人の急処・ツボ」には、その人の感覚や記憶でしかとらえようのない独特の歴史や他の部位とのつながり等が潜在しています。その独特の内的ネットワークを知る=体感することこそ、その人が自分自身の体と出会うことなのですが、そのためには受け手が単に受け手に終始していたのでは無理なのです。つまり、例えば受け手の側が「そこは手足をこう動かすと楽になります」「そこは足の裏から息を吐くつもりになると痛みが浮き上がる気がします」「そこに指を当てられると昔のうら哀しい感じが甦って来ます」等々の反応を積極的に示しこちらの指導に対して感じていることを大切に育てていくことこそ、その人が自分の体と出会う唯一の道なのです。私は三十年の指導経験と体の研究から、そのことに深い確信をもっております。勿論私は調息整体法で健康づくりをし、心身を整える領域は大変に広いものがあると自負しておりますし、これはこれで今まで以上に多くの人々の役に立つものであることについては絶対の確信をもっています。ただ、本当に自分自身を知り、体と出会うためには、体に刻まれた癖や歪みや異常を自らのものと自覚し、これを自らの意思で修正していくことが必要なのです。しかし同時に自分を一番知らないのが自分自身であるというのも事実で、その点では客観的で正確な外からの眼というものも、ある程度はどうしても必要であるわけです。整体を超えた整体、参加型の整体こそが、これからの時代の先端を生きる人々に必ずや必要とされるであろうことを、何年も前から予感しておりました。それが、今「創体法」という名称をもって皆様の眼の前に誕生したのです。」(岡島瑞徳氏「創体法指導を希望される方へ」より抜粋)

正直、深い意味は僕にはわからない。わからないけれども、わかることが一つだけある。今と昔では時代が違うし、人間の生活環境や考え方も違うということである。整体操法を受ける感性も昔と今の人では違う。
「創体法」というのは、岡島先生の経験から出てきたものなのであろうが、現代という時だからこそ出てきたものなのではないだろうか。その意味で整体操法を志す者は、一人一流派が建前でよいのではないだろうか。
一人一流派の整体操法というものが大きく花開いていく、そういう様が僕の眼には、はっきりと見えている。
| kawashima1092 | 00:00 | - | - | - | - |

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