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一側を弾けたら蔵が建つ =整体操法に於ける「硬結」をめぐって=
整体操法にふれたことのある人なら「硬結」という言葉を知っていよう。背骨の際には一側、ニ側、三側、四側というラインがあり、その部分に硬結が出てくるでそれを処理する。これが整体操法の真髄なのである。まあ処理するための整圧順序の定石はあるのだろうが・・・。野口晴哉の操法は、せいぜい三分間〜五分間程度だったという。今の世の中では整体法とか整体というと背骨をボキボキと鳴らすカイロプラクティックもどきやストレッチだと思われがちだが、整体操法とは背骨をみて、「愉気法」「整圧」によって硬結を処理する技術なのである。だから達者になれば短い時間で「硬結」を処理できるのだ。いまでも整体操法家の中には、そういう凄い方もいるのであろう。

背骨の一番際の部分を一側といい、これは1センチ以内程度の部分だ。ここに硬結が出るのは心・精神との関連が想定される。胸椎なり腰椎なり、何番の椎骨に硬結が現れているのかで、原因が違ってくる。
野口晴哉は「背骨は、その人間の歴史である」といった。
生き様がすべて背骨に刻み込まれて、今ある状態が硬結として現出する。
僕はこういうことを発見した野口晴哉という人の感性に心から敬意を表する。貴重な技術であるからこそ、神様の行った伝説とせず、体得する道筋を確実に残してゆく。神様みたいに凄い人間のやったことだからこそ、あえて神様とせずに人間の座に引き摺り下ろして、技術を抽出するのだ。
よく野口整体関係では治療ということはしませんなどという。創始者の野口晴哉がいうのならまだしも、後の者達がそろってそういうのだ。僕からすればそれが体育だろうが整体指導だろうが治療だろうが同じことなのだ。要するにみんな心も体も自由になり自立する、そのことのお手伝いなのだ。
連綿と受け継がれてきた生命・いのちの前には人工的な治療や薬など大したものではないのだ。所詮、人間は死ぬのだ。いかに生き切るか、それが大切なことだ。いのちの力を充分に発揮せしめる。そのことのお手伝い・お手当て、愉気である。

鳩尾の禁点と呼ばれる部分に硬結が現れると人は4日後に死ぬという。
みなさんは禁点の硬結に遭遇したことがありますか。
指圧師なんかがよく「硬結」などということがある。これは整体に於ける微細な硬結などとは違うものである。彼らのいう「硬結」というのは、筋肉やスジに塊みたいな「しこり様」のものがあるときに、それをそう呼んでいるだけのことだ。
愉気をし、あるいは合掌行気・その他の訓練をしたところの手指でなければ本当の硬結はわからないし、処理できない。まあ、すぐに硬結のわかる敏感な人が時折いることはいることも確かなようだが・・・。
本物の硬結は指圧モドキの強圧手技では消滅しない。整体操法に於ける訓練というものをきちんと踏まなければ、硬結のなんたるかすら一生わからないかもしれないし、到底処理することなどできない。
みなさんはわかりもしないのに「硬結云々」など言う指圧師や鍼師には気をつけてください。
実際のところ女性のほうが繊細で感性が鋭いかなと思うときがあります。鍼師でも女性がよい鍼を打つというのは、儘あることです。

整体操法の世界では「一側を弾けたら蔵が建つ」というそうである。
一側の硬結を弾いて処理できたらという意味である。
蔵の建つ技術を持ち、相応した仕組みをつくれば、間違いなく蔵が建つであろうし、それこそ「卯立つがあがる」のであろう。

※(昔、江戸時代に日本橋の付近には大阪商人などの豪商の家があった。二階家で家と家の間には、前から見ると「卯」の形をした壁みたいなものがあった。二階付近にあったという。火事がおきて火の回りを防ぐためらしい。「卯」の形なので「卯立つ(うだつ)」というのだそうである。卯立つがあがるというのは、日本橋で張ることができるくらい出世したということ。江戸っ子言葉で「卯立つがあがらねぇ」というのは、立派に所帯をもてない、成功できないという意味だ。
整体操法ないし幻の整体法を体得した者は、まさしく「卯立つがあがる」のだ、蔵が建つのだ!?)(笑)
| kawashima1092 | 00:00 | - | - | - | - |

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