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野口晴哉伝 【第一健康線と腰椎の関係】 野中操法奥伝 
整体操法読本(巻二)
(幻の書:整体操法読本)

6月14日と16日の二日にわたり、第二部特別講習会を行う。
野口晴哉師が講習会で教えられた、第一健康線上の腰椎1番から5番の正確な整圧点を学ぶ。また整体操法の基本型や腹部操法、健康線に対する愉気の仕方も研鑽する。

今回の講習内容は、整体操法をよく学ばれている方や、野口先生の直弟子先生ならば当たり前のことだが、在野で治療をやっている人間にとっては、なかなか触れることのできないものだと思う。

『整体操法読本(第二巻)』を参考にして、講習を進めることにする。野中操法を生かす道はここにあると、僕は確信する。というよりも、整体操法の中では昔から野中操法が活用されている。すでに既成事実なのである。ただ健康線という概念が整体では無くなっているので、その概念と共に原型の型を復刻するわけである。

腹部操法というのは『整体操法読本』の中で、説明されている。腹部の第一調律点〜第五までの虚実等を先ず観るわけである。腹部の虚実が本来の状態でない場合、本来のあり方に戻すというのが、腹部操法である。背骨のほうの処理と共に、これはとても重要な技術だ。締めくくりの操法である腹部操法の際に、野中操法を先ずやることが野口晴哉師によって指示されている。

このように野中操法研究会では、豊富な資料を共有し、さらに操法の技術をも提供している。しかし、これは最初期の段階だけである。来年になったら、どうなるかは保障できない。すべてはご縁の賜物だと思う。
| kawashima1092 | 19:48 | - | - | - | - |
野口晴哉著 【整体操法読本を読む】 天と同志の志を相手にする
6月14日(日)には、第二部メンバー研究会を行います。
ここで取り上げるのが、幻の書『整体操法読本』(野口晴哉著)であります。この書は全四巻で構成されています。今回、取り上げるのが第二巻に記されている部分です。整体操法の基本の『手順』が記されている。また、腹部操法についても詳しく記されています。

この中で、腹部操法の一連の流れの中での、野中操法の有効性が説かれています。それのみで単体の操法としての健康線療法というものもありますが、整体操法の中に取り込まれますと幅広い使い方があるわけです。このことは既に60年以上前に天才:野口晴哉先生が、解決していることです。

野中操法と言う場合、これは整体操法の中の特殊操法という位置づけです。健康線療法というのは野中豪策一代の秘法であるわけです。野中操法における活点などは、遥か昔に整体操法のなかに取り込まれて活用されている。このようなことは、すでに解決済みなのです。野口整体やっている者からすれば当たり前のことですが、知らないで見当ハズレのことを云っている人もいるのでこうして書くわけです。

野口晴哉先生の直筆で書かれた、詳しい活点図もあり、その中で野中氏活点などと書かれているのです。第二健康線などは、腹側操法の急所であり、腰痛のときに当たり前のように使います。第三健康線は「肩甲骨はがし」と同じですが、背骨の第一側を変えることができると云う点で、整体操法における方法のほうが優れています。

野中操法の技で、整体操法中、失われているのは第一健康線の整圧だけです。あの独特の『手型』と野中豪策先生のやっていた『型』だけです。このように整体操法では野中操法を飲み込んでしまっているのです。健康線療法という民間療術の病気治しというのは大昔のことです。脳溢血になって健康線療法師のところに来ますか?来ないでしょう。いまは昔とは違うのです。

僕は、くだらないことには興味がない。名指しでものを書き、ネットに流すということで、最近事件になっているのをご存知ないのか。諸事の問題に関して、しばらくしたら僕も反論させてもらうつもりだが、思い込みの内容を人に教えて惑わす事だけはやめてもらいたい。これはあくまで一般論です。

念のために云っておきます。何かの争いごとがある場合、必ずその背後に扇動者がおります。僕にはそういうのはわかるのです。すべて予測通りなのです。僕の記事が出ることも、扇動者の煽りも、煽られて本気出しているピエロも、全部予測了解済みなのです。一番いけないのが陰に回って煽る者です。これに相当する人は野中操法研究会には出入り禁止です。この扇動者は本当に無礼者です。

天を相手とし、同志の志を相手にすればよいのです。

今後は整体操法の練習会を野中操法研究会でもやってゆきます。整体操法&野中操法、その他療術で飯が食ってゆける施術の方式を勉強して行きます。また、貴重な資料・書物などのアイテムは指導者として必要なので、すべて実費でお分けします。
| kawashima1092 | 12:06 | - | - | - | - |
野口晴哉著 【整体操法読本】を読む(2) 整体操法を学べる人に
明日、野中操法講習会を行なう。今回は二部制で行なうことにした。
第一部は、今までと同じく野中操法の基本を教授する。基本の『型』を中心に学ぶわけだ。後は活点その他。
第二部は、腹部操法の基本技の制定である。はっきり言って、野中操法と腹部操法、輸気法、これだけで商売できるような代物である。他の技術と組み合わせることも可能だし、これを中心にして操法ができれば、立派に操法家として身を立てることができると思う。熟達してゆけばの話であるが・・・。

この頃、思うことがあるのは、ものを学ぶということの難しさだ。僕にも門人というか弟子みたいなのが何人かいる。それは野中操法研究会において出会った方たち以前の人間だ。ものを学ぶには情熱があり熱心でなくてはならない。しかし同時に礼儀というものを失してはならないのだと思う。有名な道元禅師(いま映画の『禅』を上映しているがその主人公だ)の高弟が『正法眼蔵随聞記』という書物の中でこんなこと書いている。「師の言、我がこころにかなわず」。道元禅師の吐いた言葉を弟子が記したのだ。こういう馬鹿者が世の中にはいるのである。まあこの師匠は何かいいことを言うかもしれないから、ひとつ聞いてやろうというような態度。礼儀なく、真剣さが足りないのである。計算や小賢しさがあるが真心がない。こちらはとっくの昔に腹を割っているのに、見透かされている腹を割らない強情者。虚心坦懐に所信を述べよと言っているのにわからない。僕は彼の底まで見ているのに・・・。まあ言うまい。

野口晴哉先生は【整体操法読本】の中で、「整体操法を学べる人に」と題して次のように述べている。参考とされたい。

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整体操法を学べる人に

   一
整体操法を体得されて之を多くの人に行ってその苦しみを救い、その悩みを解決し、自ら立つ力を自覚せしめ、自分の足で歩ましめるやう導くということは良いことであって、このことを業として行ふことは差支へないのみならず寧ろ望ましいことでありますが、しかし整体操法を行ふといふことは食べるための職業であってはなりません。整体操法は人間の相互の愛情と誠意の現れであって、利害得失によって行はれるものであってはならないのであります。苦しむ人悩む人を、自分の食物を運ばす人にしてしまふ心が少しでもあっては整体操法は本当に行へないのであります。世相がどのように乱れましても、医術ということが営利の為に行はれるやうなことがあったとしても整体操法を行ふ同志の人達は医は仁術といふ古諺をすててはなりません。三度のめしを二度にへらしても腹一パイ食べる為にこの道をそれてはなりません。吾々は真心で行動する道を行くのです。世の中が利害得失の為に動くやうになればなる程、清節を全うする者の存在は必要なのでありまして、整体操法の同志は一人としてこの道を踏み外づさぬ心がけで整体操法を行って欲しいのであります。整体操法は今迄の意味での職業では無く人間の信念としての行動であらねばなりません。(つづく)
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上記のことは野中操法指導者にも言える。野中豪策先生は野口晴哉先生が最も認めていた操法家だ。野中先生の高潔さは野口晴哉先生よりも凄いと僕は感じている。さまざまな逸話からそう感じるのだ。野口晴哉先生の上記の文章を読んで、多くの人がそんなバカな、と言うであろう。

だからこそ信念が必要なのである。
「念ずれば必ず現ず」という信念・気合が必要なのである。それは客集めではない、世のため人のためになるという強烈な思念・信念である。自ら立つ力を自覚せしめるのである。野口晴哉先生の言う全生というものを自他共に実現することを活動の本質とするのである。これが整体操法・野中操法を行なってゆく者の、道しるべ、指針である。

いざ、このこと全うできるや否や
| kawashima1092 | 00:32 | - | - | - | - |
野口晴哉著 『整体操法読本』を読む(1) 野中操法秘鍵
僕は、以前に以下のような記事を書いた。原点に戻る意味で引用することにする。

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僕が尊敬している野口晴哉先生(のぐちはるちか)は『整体操法読本』のなかで次のように述べている。

『    −整体操法に於ける特殊操法−
ここに紹介申上ぐる整体操法に於ける特殊操法は野に埋もれし玉であります。長い時代の変遷にも拘らず、理論に災いされず、民間療法としての純粋さを保って来た我が国独自の方法でありまして、他国には全く存在しないものなのであります。経験と実績、これのみが之ら操法を保ってきたのでありまして、吾々この事実のあるところに潜む真理を知らんが為にも之らの諸法を研究し新らしい人体構造を発見しなければなりません。同時に之らの特殊操法が理論的に証明されないの故に、この人々の信念とともに我が国独自の療術行為が次の時代に失せることを惜しむのであります。治療行為に於ける唯一の正確な理論はその実績であります。事実によって裏づけられなければ、如何なる名論卓説も一片の空理空想に過ぎないのであります。ここに特殊操法として整体操法にとり入れた事情をおくみとりの上、体得し実際に応用し、その事績をくわしく記録し、之らの特殊操法が世に出る機会と力とを与へて頂きたいのであります。又特殊操法に各々それを発見し、発明した個人の名を附することの理由とをおくみとり願ひたいのであります。』

『整体操法読本』は戦後の昭和22年に刊行されたものである。
整体操法に於ける特殊操法は、この当時すでに「野に埋もれし玉」だったのである。
特殊操法の筆頭は、我が『野中操法』である。
幻の整体操法(幻の整体法)とは、整体操法に完全なかたちで野中操法がとりいれられたものである。すくなくとも僕はそう考えているし、日々修練もしている。むろん施術にもあたっている。
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あたらしいシリーズ。野口晴哉著『整体操法読本』を読む、である。
温故知新、最も古くして新しい、などと云うけれども、野中操法の発生源とは、日本の治療術の歴史の中で、最古といってよいくらい古いものである。野中操法創始者の野中豪策先生は大正年代〜昭和25年まで活躍した方であり、その彼が健康線というものを制定・命名した。だから野中操法の歴史は100年間すら経っていない。だが根源土台の技法は2000年以上の歴史があるのだ。そこのところはいずれ本にでも書こうと思う。野中先生は、その操法の急処を『健康線』と命名した。糸へんの『線』である。野中操法の正統後継者であった吉田先生は『健康腺』と名付けた。『腺』である。腺と名付けたところに吉田先生の悟りと考察というものが込められていると思う。では現代ではどう命名するのか、と云われれば『健康泉』というべきかもしれない。健康線・健康腺を整圧し、整圧・抜圧(ぬきあつ)することは、健康・命の泉が湧くようなものだから『健康泉』というのが良いのかもしれない。なんだか温泉みたいですね、とを云われそうだが、いつまでも健康で年齢を重ねたいという現代社会の万人の願望に即応した『健康の泉(急処)を指圧・抜圧、整圧する法』ということで、その命名は正鵠を得ているかもしれない。

諸兄は野中操法やその他の操法が、すでに60年以上前に『野に埋もれし玉』であったことを、もう一度鑑みて頂きたいと思うのである。
今後、野中操法研究会にご参加の皆様と共に、野中操法(健康線整体法)の基本操法の『型』を制定してゆきたいと思う。
野に埋もれし玉は、ついに世界に出ることになるのだ。
| kawashima1092 | 00:00 | - | - | - | - |

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