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 研究書紹介:藤原桂舟著【野口整体の心理療法とは】
藤原桂舟著「身体治療家のための心理療法」
(藤原桂舟著「身体治療家のための心理療法」)

今日は心理療法の研究書を紹介しよう。

「身体治療家のための心理療法−野口整体の心理療法とはー」である。
この本の著者は、藤原桂舟先生である。鍼灸や整体その他の療術の実践者である。同時に心理療法家でもある。京都大学文学部心理学科を出ておられる秀才である。

野口晴哉先生の「潜在意識教育」や「心理指導」を、在野において詳しく説き明かした研究というものを僕は知らない。そもそも心理療法の実践者が同時に野口整体をやっていること自体が少ない。

以前に有名な催眠術師のところに行ったことがあった。その人は時々TVにも出ていたが、著書らしいものはほとんどなかった。ショーまがいの催眠術披露では当代一級だった。しかし、当人に聞いてみると、「普段はそんものではダメだ、心理をやらないといけない」と弟子たちにも再三述べていた。

人を指導する、心的な病を解決するには、心理指導というものがなければならないのであろう。

天才であった野口晴哉先生の心理療法を知るすべは一般の人間にはほとんどない。少ない資料であるがそれを役立てていただきたいと思い、藤原先生に贈った。長年の積み重ね、実践、研究によりこの度、立派な研究書が出来上がったそうである。

この書では、ミルトン・エリクソン氏を取上げている。彼は現代の臨床催眠の開祖である。
エリクソンと野口先生の技法は、どこかで通底している。その生い立ちもどこか似ているのだ。詳しいことは、藤原先生の著書を読んでもらいたい。

僕は藤原先生に「野口整体の心理療法とは」出版記念講座をお願いしたいと考えている。
整体や治療術を志す方々の知識・技術習得に給することができればと思う。

野口晴哉先生は、霊術の大家であり「寂玄術」を体得していた。これは心理療法を施行する上でも相当に役立ったのだと思う。子供の時から、心理を自然に工夫し体得していたというのが真相だと思う。だが、後世の者は、地道に学んでゆかなくてはならないのであろう。その意味で、この書は道しるべになること、疑いのないことである。

求めたい方は下記URLまで。
レイセイ出版:http://www.reisei-press.com/books/sinriryouhou/
 
| kawashima1092 | 21:41 | - | - | - | - |
野口晴哉【心理療法読本】を読む(4) =「我」消滅=
野口晴哉【心理療法読本】「二、我」よりの引用である。
「消滅」と題した文章を見てみよう。

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       消滅

これは怖いね。それ故人間は我を消滅させまいとしてあらゆることを行なう。銅像を建てるのもあれば財団法人を残すのもある。書物を残すために記したり、名を残すために善行したり悪行したり、ともかく消滅ということは怖い。死ぬということもそう厭ばかりではないが、自分の消滅ということは誰も厭だ。ただそのためだけに生きている。要求実現の中断、これだけが死を怖れる真の理由である。しかし生命はいつかは必ず消滅する。死ぬから生きているということがある。しかし消滅ということは必ず生きているうちにすべきもの、生きているうちに消滅せしめ得たものだけが自然と共に全生し得る。
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年頭の記事で、僕は「真我を掴んだ同志を増やしたい」と述べた。野口先生の言う「消滅ということは必ず生きているうちにすべきもの、生きているうちに消滅せしめ得たものだけが自然と共に全生し得る」とはどういうことなのか。真我とのかかわりについて思い巡らしていただきたいと思う。

「風は意識の乗り物」である、という言葉がある。風とは息であり、プラーナでありルンのことだ。風が凝縮して、丹田といわれる部位に集まると、意識もその上に乗る。これを実現する方法として、最も簡単で確実なのは、野口晴哉直伝の深息法・気合法である。この気合法は、一種の呼吸法でもあると思う。声を出しながら、息を丹田に凝縮する働きがあるのだ。深息法は比較的ゆっくり丹田が内側から広がるが、気合法のほうは鋭く凝縮した感じで丹田が広がるし、速やかである。

真我を得、天心を得るの法は、深息気合愉気の法だということができよう。

※文中の分らない語句はご自分で調べてみてください。

 川島金山 記す
| kawashima1092 | 00:00 | - | - | - | - |
野口晴哉【心理療法読本】を読む(3) =心の構造供
では、野口晴哉【心理療法読本】「三、心の構造」の続きを書くことにする。

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・・・それ故心理療法を行なう者にとっては、納得しても力のない現在意識より、肉体をも支配する潜在意識を対象として注意を集むることは寧ろ当然でしょう。ところが潜在意識の中には満たされない性欲とか、満たされない食欲とか、そういう肉体的欲求までが交じっているのでありまして、冷静なら腹の立たないようなことに真っ赤になって怒るとか、花の香を含む春風に焦ら立つとかいうのは、こういう肉体的な心理作用によることが多いのであります。それ故こういう問題を心の面からだけ追求していても本当のことは判らないのでありまして、心理追求が肉体に至り、生理追求が心に至って初めて生きている人間というものにぶつかるのであります。それ故心理療法も整体操法も人間探究の一つの道であることに変わりありません。これを対立する二つのものと考える時に心身を別個に見る錯覚があるのであります。医術と宗教を別個にし、修養と養生を別個にし、心理学と生理学が結び付きをもたないで独立していることなどが、こういう錯覚を起こさせる基になっているのでしょう。人間本来の勘に於いてはこれを別個視してはいないこと、私とか君とか申してもその心を指して言うのか、その鼻を指して言うのか、頭では判らずとも通用していることで判りましょう。
近頃、心理研究が精神分析を通して肉体現象との関連への道を拓き、生理研究が大脳反射を通じて心理に立ち入りましたことは、新しい生体構造を明らかにする道へ一歩近づいたことと言えると思います。これ等の学問が人間の実生活に役立つ日の一日も早きことを希望して止みません。私達の整体操法や心理療法もその道へ一歩踏み出したものでありまして、ともに生体構造を究むる新しき道を開拓することがその目的なること申すまでもありません。
・・・
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同じ胃が痛いのでも、生活の中でイライラした感情があったのでなる場合もあれば、食いすぎによりなったものもある。食いすぎにも生理的に腹が空いてそうなったのもあれば、なにかの感情でそうなったものもあろう。整体操法の優れたところは、椎骨の一側・ニ側・三側・四側で内容を見極めることだ。野中操法の優れたところは、健康腺という急処の整圧・抜圧(ぬきあつ)により、一気呵成に心身を整えてしまうところにある。
野口整体操法、野中特殊操法、柴田特殊操法、その他の特殊操法が融合合一されたときに『幻の整体操法』は出現するのだろう。(上記の特殊操法は、昭和18年の整体操法制定委員会で特殊操法として認定されたものです)。
| kawashima1092 | 00:34 | - | - | - | - |
野口晴哉【心理療法読本】を読む(2) =心の構造機
さて野口晴哉【心理療法読本】である。野口整体と他の療術と一線を画するのが心理指導である。よく療術の先生が、治療などと言って病気を治そうとしたりしているが、それは単なる治し屋であって、命そのものと相対する整体操法家ではないと思う。そもそも、自分の療術の方法で病気を治したとか治すなどと言うこと自体がおこがましい。真剣に治療をすればするほど、人間の心理作用の支配を痛感するものだ。潜在意識教育というものこそ整体操法の根っこにあるものだと思う。整体操法や野中操法を志す方は、ここのところをよく腹に入れておいてほしいものだ。

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野口晴哉【心理療法読本】

三、心の構造

心の構造は、こうするとか、嬉しいとか悲しいとか、考えたり感じたりする表面を通して外界に結ばれる現在意識。
口惜しいとか楽しかったとかいう過去に記憶や感情、冷たかったとか熱かったとか、辛かったとかいう観念がひと塊になって、現在意識の働く傾向をいろいろと指図している潜迫している観念、抑圧された感情、実行できなかった意志等の潜在意識。
これらの大本としての形なき、未だ意識ならざる無意識。
この関係は海水と氷山の関係を考えれば容易に判りましょう。即ち海面に顔を出している氷山が現在意識、その海中の隠れた部分が潜在意識。それらの大本としての海水が無意識。
心理療法を行なう者として先ず目をつけるべきは第二の潜在意識でありまして、この中には個人の生涯の体験なり、記憶なり、感情なり、意志なり、欲望なりが宿っていて、ただ宿っているだけではなく、どんな瞬間においても現在意識の大本として働いているのであります。ただ現在意識に及ぼすだけではなく、食欲とか性欲とかいう体の欲求にまで働きかけているのであります。味噌汁の中に浮いている蝿の死体を見ますと、現在意識では動物性のだしのつもりでいても、吐気が生ずるのであります。このように現在意識の働きに逆らってでも潜在意識は体の変動まで起してその欲求を果たして行くのであります。現在意識は己に逆らうものが裡にあることを認めねばなりません。上手に歌おうとすると反って硬くなって下手になり、その努力に逆らった結果の生ずることも珍しいことではないのであります。・・・
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野口晴哉【心理療法読本】の目次を以下に書く。

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一、人間
  生命、欲求、生の表現、種族的欲求、表現の技術、病気、治療、心と体と、個性、自発の行動

ニ、我
  誕生、生長、存在、変化、消滅

三、心の構造

四、技術

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心理療法の基礎的なことが、わかりやすく書かれている。まったく委曲を尽くされている。今回は「三、心の構造」より抜粋した。僕としては文中の『心理療法を行なう者として先ず目をつけるべきは第二の潜在意識でありまして、この中には個人の生涯の体験なり、記憶なり、感情なり、意志なり、欲望なりが宿っていて、ただ宿っているだけではなく、どんな瞬間においても現在意識の大本として働いているのであります。ただ現在意識に及ぼすだけではなく、食欲とか性欲とかいう体の欲求にまで働きかけているのであります。』という部分を皆さん読んでもらいたかったから、先ずこれを引用した。整体操法の中で、心理的なものが現れるのが、椎骨の際である第一側である。硬結として出現する。野口晴哉が興味を持って観、操法の対象としていたのはこれである。だからこそ整体操法の威力は絶大だったのであり、秘伝的技術なのである。だから一側を弾けたら蔵が建つというのだ。
| kawashima1092 | 22:32 | - | - | - | - |
野口晴哉【心理療法読本】を読む(1) =文底秘沈=
新しいシリーズは、野口晴哉【心理療法読本】を読む、である。野口晴哉先生(のぐちはるちか)は戦前に出版された『霊療術聖典』という本で、精神療法の療術家として紹介されている。幻の書『整体操法読本』の中でも精神療法家として名を連ねている。野口整体に於いても、その他の整体操法を奉ずる流派でも「潜在教育」という名の心理指導はとても難しいものとされている。

野中操法を治療のプロとして取り入れ活用してゆくには、技術練磨ということは確かに大切なのだが、心理指導というものが出来ないと大成できないと思う。野中操法(健康腺療法)の創始者:野中豪策先生(のなかごうさく)は、正統継承者である吉田先生やその数少ない門弟に対して、野口晴哉先生のもとにいって学ぶように薦めたのである。吉田門下では、知られていない事実なのだが、吉田先生は野中豪策先生に弟子として入門した後、野口晴哉先生が主宰をしていた整体操法協会(昭和29年に整体協会に改名)の講習会に受講生として出ておられたのである。

野中豪策先生は、「技術的には百年に一人の天才」といわれた療術家であるが、彼は野口晴哉先生のことを常々「あいつは天才だ」と周囲に語っていた。両者は技術的にも交流し、整体操法の中には原型ではないが、野中流の操法が随分取り入れられている。野中豪策先生が吉田先生に、学ぶことを薦めた内容というのが「愉気法」と「潜在教育(心理療法)」であったのだろうと僕は考えている。この「愉気法」の中には「硬結の処理」ということも含まれている。

唐突であるが、皆さんは仏教のお経というものをご存知だろうか。整体研究家の中には、お経を求め続けていると称されている方々がいるようだ。つまりここでいうお経というのは、治療法の書かれた書籍・資料原典などである。お経を求めるとは、そういう資料原典と技の本体を取材収集するという意味である。僕は今後も野中操法(健康腺療法)や整体操法に関する珍しい資料を、このブログで紹介し続ける予定だが、ここで注意して頂きたいことがある。

仏教経典(お経)の読解の仕方には、いくつかの段階がある。
(1)事釈(じしゃく)
(2)理釈(りしゃく)
(3)秘釈(ひしゃく)
(4)秘々釈(ひひしゃく)
(5)深秘釈(じんひしゃく)=文底秘沈(もんていひちん)

例えば、有名な「観音経」(=妙法蓮華経普門品第二十五)では、次のようなものがある。「心に念じて空しく過さずんば、能く諸有の苦を滅す、たとひ害意を興して、大火坑に推し落されんにも、彼の観音の力を念ずれば、火坑変じて池とならん」。
つまり、これは七難のうちの「火難」のことを言っているのである。先の事釈で言うと、文字通り「火の難」となる。観音様のお力を念ずれば、火事などの災難から逃れられるということである。これが理釈になると違う。この経文で言う「火」は事物の火ではない、「怒り」と解釈するのだ。昔から「怒りは功徳の畑を焼く」という。怒りは徳というものを損ずること甚だしいという。このように、経文の解釈にも段階がある。そして究極の読み方を文底秘沈というのである。文字の底に沈んだ秘密、文字を越えた悟りとでもいうべきもの。以心伝心のようなものである。もう文字や言葉では表現できない、そういうお経の読解体得の仕方である。

整体操法も同様に、資料だけでなく、実際に習った技術も、初心の時と己達(いだつ)の時とでは、捉えるものが違うということである。だからいろいろと繰り返し学ぶということが大切なのである。

その意味で、野口晴哉【心理療法読本】は、整体操法における、文底秘沈にいたる、道しるべとなろう。
| kawashima1092 | 22:26 | - | - | - | - |

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